男体山
なんたいさん
●8:00  1時間半で下山

林道脇に止めた車へ戻る。
4時間の山行でした。

まだ朝の8時ですか、充分時間が有るので
次の栃木県最高峰の白根山へ向けて出発する。
2486m
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登山日2005/5/21(土)晴れ 
今日は男体山日光白根山の二座を一日で登るので1:00起床  1:30自宅発(3時間しか寝ていない)本当は宿泊して二日間かけて登れば良いのだが、明日は地域行事の道路清掃で予定が取れない。
初めて男体山に登ったのは20代の頃で、会社の同僚に誘われて二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)の車中で仮眠しヘッドランプで真っ暗い中、登り山頂でご来光を見た、二十数年も前の事である。
2度目は、その翌年アマチュア無線に凝って車のバッテリーとアンテナ144MHzのSSBのリグを担いで関東各局とQSOを楽しんだ、これも遠い昔の事である。いづれも重い一眼レフのカメラは持参しなかったみたいで、古いアルバムを見たが写真が無かった、頭の中に残っている記憶だけである。
男体山:80歳が登拝1000回達成、足掛け34年の快挙−−佐野の田名さん /栃木 佐野市葛生西の農業、田名網忠吉(タナアミチュウキチ)さん(80)が2005年5月15日、日光市の男体山(標高2484メートル)登拝1000回を達成した。登山仲間や親族ら50人も一緒に登頂し、祝福した。足掛け34年の快挙に、男体山を御神体山と仰ぐ二荒山神社の中宮祠は「精神的、肉体的に超越的で信じられない。平成の(日光山の開祖)勝道上人」と絶賛した。1925年(大正14)1月5日、栃木県佐野市葛生町生まれ、葛生農商学校(現・青藍泰斗高校)卒業。東京高等工学校(現・芝浦工業大学)中退。1951年(昭和26)吉沢石灰工業入社
 田名網さんは32歳の時、ヘルニアを患い、健康維持を兼ねて登山を始めた。日本アルプスや富士山に登り、初めて男体山に登ったのは46歳、71年7月だった。「自然の美しさに、神の山だと思った」という。57歳でサラリーマンを定年退職。第二の人生を病院の事務職員として歩み始めたが、生老病死を目の当たりにして「目的を失い落ち込んだ」。仏教書で独学し、座禅を組み、気功も学んだ。すると、男体山に登るたびに「力がわき、気力が充実する。登るたびに、その美しさが変わる」と感じるようになった。62歳で100回に達し、年50〜60回は登るようになった。78歳までは1日に2往復することもあったという。現在は、畑を耕し悠々自適の生活。毎日30〜40分の散歩と4、5回の懸垂、30回の腕立て伏せ、スクワットなどに加え、「めい想と座禅を欠かさない」と話す。男体山山頂までは、大人で3時間半のコース。田名網さんは70歳までは2時間で登り、それ以降も途中で1回の休みを入れるものの、約2時間半〜3時間で頂上に立つという。田名網さんは午前7時半、同神社の登山口を出発。8合目を過ぎると、積雪が約5センチあり、頂上付近はあられが時折降ったが、晴れ間ものぞき、天も祝福するかのよう。仲間や親族がいるため、この日は約3時間半で頂上に立った。同神社の奥宮でおはらいを受け、参加者全員が拍手し、万歳した。田名網さんは「感慨無量です。二荒山神社の神様のおかげです」と述べ、「これからも体が動く限り、二荒山の神様と一緒に登らせてもらいます」と話した。2014年に89歳で1223回目が最後で2021年11月12日96歳で病気のため亡くなりました。千回登頂後に出版した「わが心の山」では、下山直後も腕立て伏せ50回のほか、スクワットや気功呼吸を欠かしていない事を紹介。「老いを克服して生まれる活力を核心に登排を続ける。」
●5:19

八合目通過
●5:41

木の階段を登って行く
10分間写真撮影後、登り始めると
●6:03
男体山 山頂が見えてきた。
大変デジタルカメラが寒さで動かない・バッテリー切れである
寒いと電池の能力が下がる。
氷点下2℃の寒さ、カメラを懐に入れて
暖める。せっかく充電した電池は家のコンセントに刺したまま持って来るのを忘れた。
ザックにヘットランプの換えの新品のアルカリ電池が有るので入れたが、電源を入れて撮影しようとしたら電池切れで動かず、別なメーカーの電池で試したがアルカリ乾電池ではだめなのか、このカシオのカメラの性能か?
インターネットで調べたらこのカシオのカメラは5℃以下ではカメラが作動しない事がある
登山日:2005/5/21(土)晴れ
42.栃木百名山
掲示板
▼場所はここ
栃木県日光市
地図:1/25,000男体山
アクセスカウンター
2003/11/14半月山の展望台より撮影

中高年の山登りと温泉
2021/11/18更新
●5:35

登りの傾斜角度ははこんな感じ
栃木県の最高峰
  白根山
    ▼
錫ヶ岳
 ▼
金精山▼
温泉ヶ岳▼
根名草山▼
燕巣山▼
湯ノ湖
中禅寺湖
皇海山▼
社山▼
千手ヶ浜
男体山の影
半月山▼
社山
▼次に登った白根山へ続く
登拝祭
1980年(昭和55年)8月3日(日)登る。
会社の同僚独身男性3名(20代室井さん運転、松本さんと私)、車1台(狭い車中で寝るのはつらかった)
2:00登山開始、登山有料1,000円
5:30山頂、ご来光
翌日3日間足筋肉痛だった。
近年は8/1に行われている。
【持ち物】
ヘッドライト、雨合羽、ジャージ、水筒、ビニール袋、ログ帳、アマチュア無線機2台(144MHz,FM)、主食(おにぎり6ケ)、副食(菓子)、ジュース、帽子、
●4:49

森林の中を抜け
迂回路の出口に出る。

又、岩場を登って行く。
●4:54

朝日で周りの山々が赤く染まる。
(中禅寺湖と黒檜岳)

●4:56

登ってきた岩場を振り返る。

中禅寺湖と温泉街
●5:08

岩場登りがつづく
●5:09 【2180m】

7.5合目
男体山は、5月5日から10月25日まで登山が出来ます。開門時間は、午前6時からとなり、二荒山神社中宮祠で受付をして頂いてからの登山となります。登山料500円はらいます。土日は5:00〜5:30に開けてくれます。
詳しくは、お電話にてお願致します。日光二荒山神社中宮祠п@0288-55-0017
●登山口
●3:53

暗闇の林道から登山開始
●4:08 【1730m】

ヘッドランプで林道を歩いて四合目登山口に到着
●4:23 【1810m】
五合目に到着
●4:23
五合目に有る小屋
●4:28

眼下に見えた
中禅寺湖と社山
●4:38 【1940m】

迂回路

左の樹林を登る
●4:40 【1945m】

六合目の岩
●5:00

七合目の波トタン小屋
●5:01

中は土間でがらんど
●5:01 【2095m】

七合目

このオレンジ色の蛍光色は目にしっこすぎて
周りの景色と比べてド派手すぎる

●5:15

鳥居
●5:20

八合目に有る小屋
●5:20 【2234m】

●5:23 【2250m】

だいぶ高度も上がって
皇海山が見えた。
●5:28

まだ登っていない
鳴虫山
●5:29 【2300m】

きつい傾斜の岩場が終わり
緩やかな登りになる。
●5:38

木の階段
●5:43

西に白根山が見えた
この次に登る山である
雪がだいぶ付いている
心配だ、アイゼン忘れたので
登れるだろうか?

その左に見える山が錫ヶ岳?
●7:59

三合目まで戻る。
●4:38

中禅寺湖と黒檜岳 (くろびだけ)
●5:30

雪が初めて現れた

南斜面なのに

木葉の陰で解けないのだろう
●5:40 【2395m】

九合目通過

山頂はもう少しである。
●5:46

山頂間近、周りにさえぎる物が無いので、景色が良い。でも、北風が寒い温度計を見るとマイナス2℃
体温がどんどん奪われる。
雨具の上着を取り出し着込む。

しばし景色が良いので三脚を取り出し写真撮影。
●6:11 途中で写真撮っていたのでその時間を除くと、約2時間で山頂到着
  山頂の鐘の前で三脚でカメラを固定し記念撮影
  鐘を鳴らす紐が無いぞと思っているとシャッタが
●6:35
  来た道を下山
●6:54
  八合目
●7:25
  七合目
●7:45
  四合目、林道に出る。
●8:16

二荒山神社登山口を偵察

何故山登るのにお金取られるのか?




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